
みなさま、こんにちは♪
前回の記事で、京都国立博物館のことを書きましたが、今回はその続きです。
京都国立博物館の北側に「方広寺」という秀吉ゆかりのお寺があります。
「京の冬の旅」の特別公開で行ってまいりました。
今回の「京の冬の旅」のテーマは「豊臣秀長と兄・秀吉ゆかりの地」です。
(去年の秋のブラタモリ「三十三間堂」の回にも出てきたお寺さんです)
「方広寺」はかつて秀吉が、奈良の大仏より大きな大仏を京都に作ると言い出して、お寺を創建したのだそうです。
ところが、大仏が完成した翌年に大きな地震が発生して、大仏が損壊。自身の身も守れない仏ではご利益がないと秀吉に言われ、大仏は取り壊されたのだそうです。その後、何度も(確か6回とおっしゃっていた気がする、^-^;)再建するも、地震や火事、そして落雷などの不運に見舞われ、昭和48年の失火で最後の大仏様が焼失しまった以後は再建されませんでした。
(恐いもののたとえに、地震、雷、火事、親父とありますが、なんと親父以外の恐いものにすべておそわれた大仏さんです…)
現在の本堂は妙法院の脇寺の客殿を明治時代に移築したもので、写真に写っている立て看板の盧舎那仏が安置されています。この仏様は江戸時代に作られたもので、京の大仏の1/10の大きさのものだそうです。
また左甚五郎作の龍の彫刻の欄間や風鐸など、秀頼再建時の遺物も拝見できました。
東隣の大黒天堂にはかつて秀吉が戦の時に護持したという小さな手のひらサイズの大黒様も特別公開されていました。^-^
大国様は戦いの神様なんですね。
(以上は撮影禁止だったので、写真はありません。)

かつて方広寺に大仏があった頃、お寺は大きな石垣に囲まれていました。

この大きな石垣の石は、秀吉が大名たちにその地の一番大きな石をもってこいと命令したそうです。この一番北のはしっこにある石は、前田家のお殿様が泣きながら運んできたので、この白い筋はその涙のあとなんだとか、^-^;

この写真は前に京都国立博物館で撮った写真です。
これもその方広寺の遺構の石垣です。
↓ ほかにもこちらに「方広寺」の遺物を載せています。

さて、本堂を出て、次は鐘楼です。
方広寺の鐘楼は、東大寺、知恩院の鐘楼と並んで「日本三大名鐘」のひとつと言われています。

この梵鐘はその三つの中でも一番大きいそうです。
(高さ4.2m、外径2.8m、重さはなんと82.7tもあるそうです。)

この梵鐘に彫られた名文、白く囲まれた文字が見えますでしょうか。

「国家安康 君臣豊楽」とあります。
この銘文がきっかけとなり、大坂冬の陣に発展したと言われています。

鐘楼の天井には天女が描かれています。

この天井はかつて伏見城の女官のお部屋のものだったとか。
かつての伏見城の豪華さを垣間見ることができますね。

これはかつての大仏殿の柱の鉄輪だそうです。
(大きさを実感するために、靴をうつしてます、^-^;)

こちらも大仏殿の鉄輪(京都国立博物館のお庭に展示されています)

梵鐘の中を覗くと、上の方になんとなく女性の横顔のようなものが見えました。
それは淀君の横顔だと伝えられています。
(写真撮ったけれど、ここにアップするのは控えます、^-^;)

さて、方広寺の南隣には「豊国神社(とよくにじんじゃ)」があります。
豊国神社は、秀吉公が御祭神の神社です。
写真は秀吉公と伏見城の遺構と伝わる唐門(国宝)です。
こちらも今回の京の冬の旅の特別公開をしていますが、実は以前(2024年)に宝物館は訪れていたので、今回は宝物館にはまいりませんでした。
というわけで、その時(2024年)に撮った写真を載せていきます。

豊国神社鳥居(2024年11月撮影)

方広寺の鐘楼と稲荷の鳥居。

唐門(この年は辰年だったので、龍の置物が飾られていました)

龍の横にあるのは、瓢箪の(たぶん)絵馬だったと思います。

門には鯉が彫られています。

この立派な彫刻も左甚五郎の作と言われています。

そして見上げると、2羽の鶴がいました。
この鶴はあまりにもリアルな出来栄えだったため、あえて目を入れなかったと伝えられているとか。

今年の絵馬が飾られていました。
京女の生活デザイン研究所作成だそうです。
(「生活デザイン研究所」なるものができていたのをはじめて知りました、^-^;)

豊国神社の前もりっぱな石垣です。(2024年撮影分)
この石垣を見るたびに、秀吉の権力の強さを見せつけられる思いです。

豊国神社から少し行ったところにこのような塚がありました。

耳塚(鼻塚)だそうです。
秀吉、なかなかえぐいことしてますね。

甘春堂さん
ブラタモリで紹介されていた「大仏餅」を売っているところです。

一度はなくなっていたそうですが、古い製法を頼りに再現したそうです。

昔ながらのシンプルな餅菓子でした。^-^
前回のお話はこちらです。
三十三間堂のお話はこちらです。