みなさま、こんにちは♪
ひとつ前の記事で、
ユリカモメを求めて四条大橋から鴨川を南下したお話を書きました。
さて、そうして鴨川を四条から南下しますと、やがて五条大橋に辿り着きます。
本日はその五条大橋に焦点をあてて、タモリさん風に?歩いてみたいと思います。
題しまして、「ブラコミチ」(笑)

五条大橋の北東端です。
擬宝珠をよくみますと、何やら細かく文字が刻まれているのがわかります。

拡大して撮ってみました。
ふむふむ、昭和34年の当時の市長さんがこの五条大橋のことを説明されているようですね。

橋のたもとにある説明版によると、この橋は昭和34年3月竣工、
橋長 67.2m 全幅員 36.0m 鋼橋 のようです。
そして擬宝珠は昔の橋のものをそのまま活用しているのですね。
では、その擬宝珠をちょっと観察してみましょう。

これは昭和10年に洪水で流失した6個を、昭和27年に補充したものらしいです。

↑上の文字を拡大してみました。
昭和十年の洪水は大変なものだったようですね。

これも昭和27年に補充したもの

↑上の写真を拡大

これは明治十年だそう。

さて、これは西南の端っこの擬宝珠。
正保二年とあります。
え?正保って年号は一体いつ?と思って、ググりました。
(説明版を見たのは、ググったあと、^-^;)
1645年、後光明天皇の代、そして徳川家光の代だそうです。
AIによると、この年は春から秋にかけて雨が降らず、未曾有の干ばつが発生したそうです。大変な年やったんですね、😢

ちょっと読みにくいですが、
「奉行
芦浦觀音寺 舜興
小川藤左衛門尉正長
大坂讃岐屋
岡田太郎左衛門道治 」
とあります。(これはWikipediaを参考にしました、^-^;)
大坂讃岐屋さんというところが、橋をかける人足さんを請け負ったのでしょうか?


橋のそばにアオサギがおりました。

橋の上を通り過ぎていくユリカモメ♪




この日の鴨川の風景、いいお天気だったので川が青いです。


カモとユリカモメ
この日は五条大橋の北側の写真を撮っただけで終わりました。

なので、別の日。今度は七条大橋から北上することにしました。

おや、ジョビ君(ジョウビタキ♂)に遭遇。

この日もユリカモメはおりました。(正面橋付近)

五条大橋を南からパシャリ。

まずは南東の擬宝珠、
北東にあった擬宝珠と同じように説明がありました。

拡大版

これは明治十年のもの。

南西端の擬宝珠

これも正保二年のものですね。
正保二年のものはこれと北にあるものと、二つ残っていました。

橋を渡ったところに京人形風の弁慶と義経。
当時は五条大橋はここではなく、ひとつ北側(今の松原橋)にあったようです。
秀吉が今の場所に移転させたのだとか。

橋のよこにある公園にある秀吉の時代の橋脚
↓また、京博のお庭にも展示されています。(去年行ったときに撮った写真)

↓ 詳しくは下記の記事に書いています。

ユリカモメたち
(おまけ)

五条大橋のたもとにある料理旅館「鶴清」さん、
一度行ってみたいなと思っています。

こちらは北東側にある近幸さん♪
明治からある鮮魚屋さんですが、お弁当なども売っておられます。^-^
https://www.instagram.com/gojo.kinko/
(おまけ)その2

昔、撮った四条大橋でのユリカモメ
前回ユリカモメの記事を書いた時、
確か、四条大橋で撮った写真があったはずだなぁ…と、探したらありました。
うーん、もしかして昔の方が写真上手に撮れてない? ^-^;